アイアンマン3
2013/09/14(Sat)
「アイアンマン3」
原題:Iron Man 3 (2013年 米 130分)
監督:シェーン・ブラック
出演:ロバート・ダウニー・Jr、グウィネス・パルトロー、ドン・チードル、ガイ・ピアース
観賞日:9月7日(BD)

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スーパーヒーローで編成された部隊アベンジャーズの一員として戦い、地球と人類を滅亡の危機から救ったアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)。だが、アメリカ政府はスーパーヒーローが国の防衛を担うことを危険視するようになり、それを契機に彼はアイアンマンの新型スーツを開発することに没頭していく。そんな中、正体不明の敵によってスターク邸が破壊され、これまでのアイアンマンが全て爆破されてしまう。何もかも失ったスタークだが、人並み外れた頭脳を武器に孤独な戦いに挑む。(Yahoo!映画より)

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マーベル・コミック原作の映画もキャラクターが多すぎて、分け分からないと思いつつアベンジャーズも含めて結局全部見ているような・・・(笑)。
1,2作のジョン・ファブローの後を受け、共同脚本家と共に脚本も手がけた監督のシェーン・ブラックは、この作品を「トム・クランシー風スリラー」と言っていたそうだけれど、それでマンダリンがあれって・・・。 もともとそれぞれのキャラの設定がそこまでシリアスじゃないし、勧善懲悪が前提だけにさほどスリリングでもなかったなぁ。
今回はパワードスーツを着たヒーローアイアンマンとしてではなく、なにもかも失って苦境に陥ったトニーが新たな敵を前にして不屈の精神で立ち向かうという前2作とは異なるテイストにアクションもだいぶ派手になって、娯楽映画として楽しむには充分でした。 もちろんパワードスーツのアイアンマンたちもうじゃうじゃでてきましたけどね。

さて、ハリウッドにとって中国は今や日本を追い抜いた世界第2位の映画市場。 この映画のスポンサーの一つが中国の映画会社である事もあり、中国で公開された「アイアンマン3」は、他国の公開ではカットされている中国人女優ファン・ビンビンが出演しているシーンがあり、上映時間が3分長いボーナスバージョンとなっているそうです。 中国の観客向けに映画を制作するだけでしばらくは安定した収入が得られるとふんでいるんだそうな。
さらにこれから公開される「レッドゾーン」はもともと中国軍を設定していた侵略軍を北朝鮮軍に変え(←無謀すぎ)、「メン・イン・ブラック3」のチャイナタウンでの銃撃シーンは中国版ではカットされ、「ワールド・ウォーZ」の大量感染者発生場所も当初の中国から韓国に変更されるなど、ハリウッドの中国への気配り具合は相当なもののようです。
ただ、それは中国の影響力が大きくなっただけでなく、ハリウッド映画産業自体の衰退も関係しているようです。 日本においても10年前には興行される映画の7割弱を占めていたハリウッド映画が今では3割強まで落ち込んでいるそうです。 確かに金曜日の夕刊裏の広告に日本映画が何本も載るなんて昔はなかったですからねぇ。 また昨日から公開された渡辺謙さん主演の「許されざる者」は、イーストウッド主演作のただの日本版リメイクではなく、ハリウッドが独自の制作チームを組んで日本ロケを敢行するという新しい形で撮られた作品なのだそうです。
生き残るためにはどこも必死でしたたかで・・・。
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英国王のスピーチ
2011/10/21(Fri)
「英国王のスピーチ」
原題: THE KING`S SPEECH  (2010年 英・豪 118分)
監督: トム・フーパー
出演: コリン・ファース、ジェフリー・ラッシュ、ヘレナ・ボナム=カーター、ガイ・ピアース
鑑賞日: 9月17日 (DVD)

1英国王

1936年の英国。国王ジョージ5世(マイケル・ガンボン)の後継として長男のエドワード8世(ガイ・ピアース)が即位するが、離婚歴のある米国女性と結婚するために1年もしないうちに王座を捨ててしまう。ジョージ6世として王位に就くことになった弟のヨーク公(コリン・ファース)は内気な性格に加え幼い頃から吃音症に悩み、公務でのスピーチは常に苦痛の種だった。そんな夫を優しく励ます妻のエリザベス(ヘレナ・ボナム=カーター)は、オーストラリア人のスピーチ矯正専門家ローグ(ジェフリー・ラッシュ)を見つけ出すのだった。(goo映画より)

英国王


アルバート公という方は、王位をめぐる骨肉の争いも数知れずという王家で国王になりたいというような野心など全くなく、次男としての役割を誠実に果たしながら家族とともに穏やかに暮らしていく事を望んでいた人だったのですね。 そんな彼が国王に即位しなければならなくなり、そのために長年悩んでいた吃音治療にも真剣に取り組まなければならなくなった時に出会った一般人のスピーチ矯正専門家ローグ。 アルバート公の置かれた重要な立場と責務と心情までをも理解した上で 皇族に対する無礼も省みずにあくまでも一人の患者として接する事で、一度は関係に罅が入るものの、やがてアルバート公の信頼を得、彼の吃音も治し友情を深めていくという物語が小気味良いテンポで進んでいく。

現存でなくても、まだ人々の記憶に残っていたり、写真や資料が数多く残されている人物を演じるのは役者にとってもチャレンジングな事だと思うけれど、私はコリン演じる国王の悩みや苦しみを誰でも直面する身近な問題として共感を覚えながら微笑ましく見ることができました。
ジェフリー・ラッシュはパイレーツ・オブ・カリビアンのバルボッサの怪演が記憶に新しいけれど、実力者だけにけっこういろんな役で見ている事に改めて気づいたりして。 ニモのナイジェルやガフールの伝説(映像がクリアで美しかった)エジルリブの声もあててたんですねえ。 目の表情の微妙な変化だけでアルバート公に対する感情を伝えられる凄い役者だと改めて感じました。
ヘレナ・ボナム=カーターも心優しい賢夫人をチャーミングに演じていて、最近のどきつ目な彼女のイメージと違っていてとても新鮮。

映画のラスト、ドイツとの開戦直前にジョージ6世が国民に向けて行ったスピーチを無事終えた後、ローグが国王がWeaponsのWでつかえた理由をたずね、国王が「わざとだよ。一つもミスしなかったら、国民は私だとわからんかもしれんからな」というシーンは、映画の撮影開始まであと数週間となった時に孫であるマーク・ローグさんがローグ氏の日記から提供したエピソードなのだそうです。

アカデミー賞では作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞の4冠に輝いた本作ですが、ハリー・ポッターやクィーンなど数多くの作品で映画音楽を手がけているアレクサンドル・デブラの音楽も印象に残っています。 ベートーヴェンの第7交響曲や皇帝も(もう一曲くらい知ったメロディーが流れていた気がするけど・・)、他の曲ともバランスよくさり気なく使っていたのが流石。

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アレクサンドリア
2011/09/19(Mon)
「アレクサンドリア」
原題: AGORA  (2009年 スペイン 127分)
監督: アレハンドロ・アメナーバル
出演: レイチェル・ワイズ、マックス・ミンゲラ、オスカー・アイザック
鑑賞日: 9月10日 (DVD)

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4世紀末のエジプトのアレクサンドリア。そこには人類の叡智を集めた“図書館”があり、図書館長の娘で天文学者でもあるヒュパティア(レイチェル・ワイズ)による、天体についての授業が行われていた。宗教を問わずに生徒を集めていた彼女だが、急速に数を増したキリスト教徒が古代の神を侮辱した事から、市民の間に争いが起きる。やがて図書館はキリスト教徒に破壊される。数年後、増大するキリスト教徒は、その支配の邪魔になるヒュパティアに狙いをつける。(goo映画より)

映画関係は久しぶり。 以前のような感想ではなく、自分のための鑑賞メモ程度として、時間がある時に少しずつ足していこうかなと。

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主人公のヒュパティアという実在の人物の事は知らなかったけれど、歴史スペクタクル映画は大好きなので春に劇場公開となった時からDVDがリリースされるのを待っていた映画。
松竹のサイトによれば、この映画はヨーロッパ映画史上最大級の制作費をかけたそうですが、まるでタイムスリップしたような紀元4世紀の古代都市アレクサンドリアの街や図書館の美術が素晴らしい。

ヒュパティアは370年頃から415年に実在し、数学者、天文学者、哲学者の顔を持つ知性と美貌を備えた魅力的な人物との事です。 が、哲学的科学的考えからの彼女の言動がキリスト教徒が信じる神への冒涜とみなされ、ローマ帝国崩壊直前の混乱したエジプトで、ユダヤ教を含む異教徒たちを迫害し、アレクサンドリア支配の実権を握ろうとしていたキリスト教司教キュリロスの標的となり惨殺されてしまう。
ヒュパティアを演じたレイチェル・ワイズは毅然として自分の信念を貫く誇り高く強い女性を演じたらピカイチで、この役もまさにはまり役。 ウィキペディアに載っているヒュパティアの想像画にも雰囲気がとてもよく似ている。 

映画のところどころには、ロングショットの地球の映像や宇宙からアレクサンドリアをズームしていくような映像が挟み込まれているのだけれど、それは、広大な宇宙から見ればちっぽけな地球、そのちっぽけな地球の中の点にしかならない狭い世界で、権力を握り勢力を拡大しつつあるものが異端となるものを、時に目を背けたくなるほどの暴力をもって排除し、大切な文化遺産を破壊していく人間の愚かさを皮肉っているかのようだ。
映画の中では、古代の神々を崇める学者たちと一神教を唱える者たちの争い、ユダヤ教徒とキリスト教徒の争いなど、ヒュパティアが一人天体研究に没入する様子以外は、人間同士の醜い争いばかりが描かれていますが、監督がこの映画で伝えたかったのは、「さまざまな派閥の争いを繰り返し寛容性に欠ける人間世界は太古の昔からちっとも変っていなく、我々の今の日常も映画と同じ状況の中にある。」という事だそうです。
「わたしたちは異なる事よりも共通している事の方が多い」というヒュパティアの台詞も監督のメッセージですね。

ヒュパティアの奴隷でありながら彼女に思いを寄せ、彼なりに必死に彼女を守ったダオスを演じていたマックス・ミンゲラは「ソーシャル・ネットワーク」でボート部のイケメン双子の友人役を演じていた子なんですねぇ。 全然気がつかなかったわ!
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オーストラリア
2009/09/08(Tue)
「オーストラリア」
原題: AUSTRALIA  (2008年 豪・米 166分)
監督: バズ・ラーマン
出演: ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン、デビッド・ウエンハム
鑑賞日: 8月14日 (DVD)

オーストラリア

第二次世界大戦前夜のオーストラリア。イギリス人貴族のレディ、サラ・アシュレイ(ニコール・キッドマン)は、夫を捜しに北部の町・ダーウィンにやって来た。彼女を迎えたのは無骨なカウボーイ、ドローヴァー(ヒュー・ジャックマン)。夫の領地に着いたサラは、夫が何者かに殺されたことを知る。彼女に残されたのは、広大な牧場と1500頭の牛だった。牧場を立て直すため牛を売ることを決心したサラは、ドローヴァーの力を借り、牛を引き連れ出発する…。 (goo映画より)

オーストラリアは私にとって初めての外国となった国で、特に1990年代には冬になるたび(あちらは夏)頻繁に訪れた国です。 という事で、ずばり「オーストラリア」というあまりにくくりの大きな題名にいったいどんな意味が込められているのかという興味津々な映画でした。

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広大なオーストラリアの自然をバックに1500頭の牛追いが繰り広げられたアドヴェンチャーストーリー的要素の強い前半と、サラとドローヴァーのロマンスと葛藤、母親を亡くしてしまった先住民アボリジニと白人の混血である少年ナラとサラの結びつきを軸にした後半に、白豪主義の一環とも思われるアボリジニに対する白人同化政策などオーストラリアの歴史の負の部分、第2次世界大戦の惨劇を絡めて描かれたこの物語は、悪くはないけれどインパクトの弱い「風と共に去りぬ」という感じ。

自分たちの贅沢な暮らしの資金源となっているオーストラリアの牧場にいる夫を訪ねて単身ダーウィンやって来た英国貴族の主人公サラと迎えに来たドローヴァーの出会いのシーンはある意味お決まりの初対面の印象は最悪というやつで、気位が高くつんけんしたサラとやってらんねーぜとあきれ返ってるドローヴァーのコミカルなやりとりがかなりツボだった。 高ビーといってもライラの冒険のコールター夫人のように冷たくて高慢な人物ではなくどこか憎めない世間知らずさが滲んでいるのが、その後の彼女の逞しい変貌振りをごく自然に見せているように思う。

ヒュー・ジャックマン演じるドローヴァーには最初から魅力的なキャラが備わっていて、誇りだらけのカウボーイ姿も逞しい半裸な姿もカッコよすぎて何もいう事がありません(笑) そして髭をそり落とし白いジャケットでドレスアップしたジャックマンに至っては反則じゃないか!というくらい。

ニコールとヒューについては確かなものが約束されているとしても、ナラを演じる少年次第ではこの作品に織り込まれている様々な物語が見る者の心に響いてこなくなってしまうかもしれない。 ナラ選びは作品の成否を決めるとも言える大きな賭けだったのだろうが、1000人の候補者の中から選ばれたというブランドン・ウォルターズは、真っ直ぐに見つめる大きな瞳が見せるいろいろな表情と子供らしい純真さが魅力の素晴らしいナラだったと思う。
ナラやサラたちを姿を隠しながらつかず離れず見守ってきた呪術師でナラの祖父であるキング・ジョージ役のデビッド・ガルビリルはすでに40年近いキャリアを持つ先住民の俳優だそうですが、醸し出すスピリチャルな雰囲気と戦士的な風格が良かったです。

終盤、日本軍のゼロ戦が飛んできたのにはびっくりした。 他にも日本軍のダーウィン空爆を描いた映画ってあるのだろうか? 空爆の事実は知っていたけれど、こうやって改めて見せられると心が痛むし思わず下を向いてしまいたくなる。 ただ、孤島への上陸は史実に反するはず。
日本軍の爆撃もアボリジニへの迫害問題もそれ自体を深く掘り下げるために取り上げているわけではないから、その程度の考証なのか・・・。

キング・ジョージの迎えでサラの元を離れていくナラの旅立ちは、別れというよりはお互い、生きるべき道を生きていくための自立というように見えた。 アボリジニとしてのアイデンティティに目覚めたようなナラの幸福そうな笑顔は、なにか私たちを勇気付けてくれているようにも感じるし、我々人類は様々な文化の下に暮らしている人々の多種な生き方をお互いに尊重しあい、迫害や争いのない世界を築いていかなくてはいけないという監督からのメッセージにも思えた。

この映画、ラッセル・クロウがドローヴァー役をやる話もあったのですね。 なんでラッセル・クロウがダメだったのかは知りませんが、ロマンス部分の魅力が半減しちゃいそうなので、私的にはヒューになって良かったわ! ただ、ラッセルだったら拘束されるのを好まず牛を追って気ままに生きるという留まらない男というイメージはもっと説得力があっただろうな。
ヒュー・ジャックマンのラブストーリーなら、メグ・ライアン共演の「ニューヨークの恋人」とアシュレイ・ジャド(大好き)共演の「恋する遺伝子」がマイベスト。
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アパルーサの決闘
2009/08/12(Wed)
「アパルーサの決闘」
原題: APPALOOSA (2008年 米 115分)
監督: エド・ハリス
出演: エド・ハリス、ヴィゴ・モーテンセン、レニー・ゼルウィガー、ジェレミー・アイアンズ
鑑賞日: 7月19日(DVD)

アパルーサ

悪党ブラック(ジェレミー・アイアンズ)に保安官を殺され、無法地帯と化していた鉱山の町アパルーサ。 町の保安を依頼された名うてのガンマン・コンビ、ヴァージル・コール(エド・ハリス)とエヴェレット・ヒッチ(ヴィゴ・モーテンセン)はブラックを捕らえることに成功する。だが、コールと恋仲の未亡人アリー(レニー・ゼルウィガー)を人質に取った手下どもがブラックを奪還。 二人は男の誇りを懸けて荒野を追跡していく(DVDデータより)

アパルーサ1


エド・ハリスにヴィゴ・モーテンセンの2人だけでも「おお!」っというキャストなのに、ジェレミー・アイアンズまで共演なんて、こんな美味しい映画を見逃す手はない! 紅一点がレニー・ゼルウィガーなのは気に入らないけれど・・・という具合に渋い大人の男達のハードボイルドな世界を期待をして見た映画でした。 

ヴィゴとエド・ハリスは2人とも男臭さプンプンな流離いのガンマンという雰囲気でとても魅力的でした。 教養はないけど正義感が強くちょいと脆いところもあるヴァージルとクールで判断能力にたけながらもヴァージルの影となるエヴァレットの強い信頼関係で結ばれた絶妙なコンビぶりはとっても魅力的。 役柄的な作品上の主役はヴァージルでありながら、エヴェレットを存在感抜群のヴィゴが演じる事で非情にバランスの取れた取り合わせになっている。

アパルーサの住民の生活を脅かし、取り締まりにやって来た保安官までも平気で撃ち殺してしまうブラッド率いる悪党軍団から町を守るためにアパルーサの保安官職に就いたヴァーシルとエヴァレットだったけれど、ゼルヴィガー扮するアリーが街に現れヴァージルが彼女に惚れてしまったあたりからそこまでの渋い路線がトーンダウン。 
びっくりするほど自信過剰で大胆不敵な振る舞いに呆れさせられるアリー。 エヴァレットにまで手を出し、「わたしって美人?」と呟かれた時には見ていてプチ(petit)切れ状態でした(笑)。 なんでもっと綺麗な女優を使わない?という不満も、物語が進むにつれ、実はアリーはしたたかな尻軽女とわかれば、な~るほど!という納得に変わったのでしたが、相変わらずこういう役のレニーは嵌りすぎで上手すぎ!

悪党たちとの抗争はわりとあっけなく、ヴァージルとエヴェレットと因縁関係にある凄腕ガンマン兄弟との絡みや決闘シーンもあまり緊迫感はなかったような気がするけれど、西部劇らしい列車襲撃や雄大な自然や荒涼とした風景は生きていたし、ヴィゴがひたすら渋く強くカッコよかったので、まぁ、いいかな・・・と。 

最初から気になっていたのがエヴェレットが馴染みにしていた娼婦。 芯が強そうですべてお見通しでどこか謎めいていて・・・、途中で「アラトリステ」でマリア役を演じたアリアドナ・ヒルと気づいてからはエヴェレットとのツーショットシーンばかり期待してしまいましたが、登場シーンが少なくて残念。
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アラトリステ
2009/07/13(Mon)
「アラトリステ」
原題: ALATRISTE (2006 スペイン 139分)
監督: アグスティン・ディアス・ヤネス
出演: ヴィゴ・モーテンセン、エドゥアルド・ノリエガ、ウナクス・ウガルデ、アリアドナ・ヒル
鑑賞日: 6月27日 (DVD)

1622年、国王フェリペ4世に仕える傭兵、アラトリステ(ヴィゴ・モーテンセン)はフランドルの戦場で勇猛果敢に戦い、マドリードに戻って来た。そこに、「イギリスからやってく異端者を殺せ」という奇妙な依頼が舞い込む。それは、イギリス皇太子チャールズを抹殺しようとする異端審問官、ボカネグラと国王秘書官アルケサスの謀略だった。きな臭い匂いを感じて暗殺を思いとどまったアラトリステは、その後、何者かに追われるように…。 (goo映画より)

アラトリステ

無敵艦隊がアルマダの海戦に敗れ、スペイン衰退の兆しを見せている中、八十年戦争を背景に架空の人物である剣客の傭兵アラトリステの後半生を描いた、スペイン映画史上最高額2,400万ユーロをつぎ込んだ大作なのだけれど、ヴィゴ・モーテンセンあっての作品という気がしてならない。
もちろんスペインの観客には馴染みの役者も多いだろうから、全く違った感覚で受け取れるのだと思いますが。 ちなみにスペインの映画賞である第21回ゴヤ賞(2007年)で製作監督賞、美術賞、衣装デザイン賞に輝いています。
尚、映画「アラトリステ」はアルトゥーロ・ペレス=レベルテという作家のシリーズ小説で第6巻まで出版されているスペイン国内で大ヒットした冒険小説「アラトリステ」が原作となっているそうです。

この作品のように史実がバックボーンとなっている映画を見る前にはその時代の歴史のおさらいをしてから見た方がいいですね・・・。 と、思いつつ、そういう事の出来たためしのない私はケイト・ブランシェットの「エリザベスII」のアルマダの海戦を思い浮かべ、「宮廷画家ゴヤは見た」のブルボン王朝を思い出しながら、その間の出来事ね!と強引に納得してみる。

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冒頭の霧に霞む沼地?での戦闘シーンは最初わけが分からなかったけれど、躊躇なく敵を殺し、一人冷静に指令を出しているのがアラトリステであり、彼のおかげで難局を乗り越えたという事だけは飲み込めたし、アラトリステの大雑把な人物像も掴めた気がした。
孤高の戦士のように見えながら、戦場では常に最前線で仲間を引っ張り、フェリペ4世から国政を一任されていたオリバーレス公伯爵のような貴族にも直接意見を述べる事を許されている。 フランドルの戦いで亡くなった親友の頼みを聞き入れ彼の息子を養育するという義にも厚い男。 アラトリステの持つすべての面をヴィゴがこれ以上ないほどの説得力を持って魅力的に演じている。 成し遂げなければならない事に真っ直ぐに突き進んでいたアラゴルンとは違い、常に死と隣り合わせの人生に嫌気がさし、死に場所を探しているようにも見える荒んだ雰囲気の姿にも惹き付けられます。
アラトリステにはマリアという人妻で舞台女優の恋人がいた。 愛し合っていながらも結ばれる運命にはなく、夫の死後にフェリペ4世に囲われたマリアはやがて梅毒に犯され病院で死を待つばかりとなる。 マリアが国王の側へ上がる前、求婚するために買った首飾りをその後も持ち続けていたアラトリステは病院のマリアを訪ね、思いを打ち明けながらその首飾りを優しく彼女の首にかける。 とてもロマンティックだけれど悲しいシーンだった。 一途にマリアを愛したアラトリステもまたアラゴルンとだぶるなぁ。

マリア役のアリアドナ・ヒルは、またまた例によってどこかで見たぞと思いながら思い出せなかったのだけれど、「パンズ・ラビリンス」で主人公の女の子オフェリアの母親を演じた女優さん。 アラトリステに向ける嫣然とした笑みが印象的。

アラトリステの宿敵マラテスタ、アラトリステが養育したイニゴ、イニゴを愛しながらも貴族社会への誘惑を捨てきれなかったアンへリカ(可愛くないのに高慢だからどうでも良かったし・・・)など物語は多くの要素を含んでいるけれど、わたし的にはヴィゴ!!な作品でした。

劇中、フェリペ4世から厚遇されこの時代に活躍したベラスケス作品が数点見られます。 ベラスケスの絵というと私の中ではマルガリータ皇女なのですが、生涯で120点もの油彩画を残している画家なんですね。
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永遠のこどもたち
2009/07/05(Sun)
「永遠のこどもたち」
原題: EL ORFANATO (2007年 西・墨 108分)
監督: J.A・バヨナ
出演: ベレン・ルエダ、フェルナンド・カヨ、ジェラルディン・チャップリン、ロジェ・プリンセプ、
鑑賞日: 6月20日 (DVD)

永遠

子ども時代を過ごした海辺の孤児院に30年ぶりにラウラ(ベレン・ルエダ)が戻ってくる。閉鎖されて久しい古い屋敷を買い取り、障害を持つ子どもたちのホームとして再建する計画だ。気がかりなのは、難病を抱えた7歳の息子シモン(ロジェ・プリンセプ)が空想の友だちに夢中になっていることだったが、怪しげな老女ベニグナの突然の訪問がラウラの不安を一層掻き立てる。そして、子どもたちを集めたパーティの最中にシモンは忽然と姿を消してしまう。 (goo映画より)

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奇才ギレルモ・デル・トロが製作総指揮として参加し、数々の賞に輝いている質の高い作品という程度の知識しか持たずに見た映画だったけれど、さりげなく張り巡らされていた伏線が最後に見事に繋がっていく手法や物語そのものに久しぶりに凄いなと思った作品だった。

冒頭、お揃いの服を着た子供たちが楽しそうに庭を走り回るシーンの後に続く僅かに気味の悪い思いを感じさせるタイトルバックが意表をつく。 

海辺の古いお屋敷を舞台に恐怖感を醸し出す演出やソーシャルワーカーのベニグナという気味の悪い老女や霊媒師などオカルトテイストな向きもあるのだけれど、2人の母親とシモン、トマス、孤児院の子供たちを襲った悲劇の物語という印象が強く残った。

楽しい思い出があふれる孤児院を買い取り、障害を持つ子供のための施設として蘇らせようとするラウラと医師の夫カルロス。 息子のシモンは夫妻の実子ではなく、生まれながらにして難病を抱えているのだけれども、夫妻の愛情と医学の力で無事に成長しているが、見えない友達と遊ぶ空想癖があり、夫妻の懸念となっている。
施設のプレオープンの大事なパーティーの日に聞き分けの無い事を言うシモンを叱り、彼を部屋に残したまま訪問客の相手をしていたラウラはシモンの姿がどこにもない事に気づく。 屋敷中を隈なく探し回るライラに近づく小さな人影に彼女は洗面所に押し込められる。 正体不明の怪しい子供だけに、このシーンはやけに薄気味悪かった。 
警察の協力を得て情報を集め回っても見つからないシモン。 日に日に精神的に追い詰められていくラウラはカルロスと共にカウンセリングにも救いを求めるけれども、シモンの失踪を死として受け入れる事はできず、霊媒師までにも望みを託す。 何かに憑かれたようにシモンへと繋がる糸を必死の思いで手繰っていくような母親の止める事のできない思いをべレン・エルダが渾身の演技で見せている。 
やがてラウラが孤児院を出た後に起きた恐ろしい出来事が明らかになる。 そこからクライマックスまでの流れはもう圧巻だった。 死期が近い人間には死んだ人間が見えるという事を信じたラウラは自らの命を危険にさらしてもシモンを探そうとする。 そんなラウラを待っていた残酷な結末には体中の力が抜けるような気がした。 あの現実に耐えられる母親はいないだろう。

もちろんこの物語の主人公はラウラとシモン母子だけれども、もう一組の悲しい母子の事も忘れてはならないと思う。
冒頭のシーンでだるまさんがころんだ?をしたり庭を走り回る子供たちは無邪気で天使のように可愛らしかったけれど、思慮の働かない子供の言動は時として残酷なものになってしまう。 そんな子供のたわい無い行為がもたらしたトマスの死。 その息子の復讐をする母親。
トマスの顔はひどく醜かったため母親はトマスに目が見えるだけの穴が開いている布の頭巾のようなものを被せていた。 その悲しいほど憐れな姿にはるか昔に見た「エレファントマン」が思い起こされ、トマスと母親が背負わされてきた悲しみと辛さが伝わってきたような気がしてしまった。

ラウラとシモンを囲むようにして集まってきたあの頃の懐かしい子供たち。 ラウラの孤児院での友達、トマス、シモンに起こったのは悲しくも恐ろしくもある現実なので、あのファンタジックな映像は似つかわしくないような気がする。 けれども、愛する妻と息子を失いながらもラウラの選択を受け入れたカルロスが、二人の墓碑に花を手向け、屋敷の中でラウラに渡したペンダントを見つけ穏やかな表情を見せたところでのエンディングには少し救われた思いがした。 
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ウォーリー
2009/05/17(Sun)
「ウォーリー」
原題: WALL-E (2008年 米 98分) 
監督: アンドリュー・スタントン
出演(声): ベン・バート、エリッサ・ナイト、ジェフ・ガーリン、シガニー・ウィーバー
鑑賞日: 4月28日(DVD)
ウォーリー

29世紀の荒れ果てた地球で、たったひとり黙々と働き続けるゴミ処理ロボット、ウォーリー。 宇宙へ脱出した人間たちに置き去りにされて700年、大好きなミュージカル映画『ハロー・ドーリー!』のビデオで男女が手を握るロマンチックなシーンを見ては人恋しさを募らせていた。 そんなある日、真っ白に輝くロボット、イヴが現れ、ウォーリーはたちまち恋に落ちる。 ところが、巨大な宇宙船がイヴを連れ去ってしまい…。 (goo映画より)

とってもハートウォーミングで心の癒し&リフレッシュになる映画だった。
是非是非見てもらいたいです。

ストーリーそのものはどうという事はないけれど・・・、どうという事がないといっても、ゴミ処理はロボット任せ、地球環境を守るための自らの努力を怠ったために陥ったのであろう壊滅的な環境汚染で、外気に触れることさえ危険になった地球を捨て、地球から何万光年も離れたアクシオム艦で怠惰に暮らしている人間に対しては、皮肉たっぷりに描いています。 

しかしながらこの映画の主役はポンコツゴミ処理ロボットのウォーリーとぴっかぴかな最新ロボットのイヴ。 ともかくウォーリーが可愛い。 ウォーリーの健気さ、勇気。 愛情のような友情のような相手を思う気持ち。 そんなものが気持ちいいほどダイレクトに伝わってくる映画でした。 
イヴにときめいちゃって「イーヴァ」って呼ぶウォーリーはほおずりしたくなるくらい可愛くていじらしい!
なんとなくクリオネを思わせるぴかぴかロボットのイヴは、見た目は可愛いのにえらく凶暴(笑)。 使命を果たすためにキャノン砲を撃ちまくること・・・・。 
この2体のロボットの地球での出会いが描かれた2~30分はほとんどサイレントムービー。 それでも2人?のやりとりは台詞以上に雄弁で(笑)、きちんと物語が展開していく。 特にイヴが動かなくなってしまってからのウォーリーの描写は素晴らしかった。 遠くからのショットなんていうのがとても効果的だったし。

ウォーリー2


中盤、宇宙に浮かぶアクシオム艦に舞台が移ってから、イヴの心にもウォーリーに対するある感情が生まれ、終盤では序盤と2人の立場が逆転する。 とにかくいじらしかったウォーリーとは反対にやるべき事がわかっていてそれをテキパキと、でも必死に手を尽くすイヴの姿もまたホロリとくるものがあり、泣かせられましたねぇ。
登場キャラではウォーリーの唯一の友達のゴキブリ「ハル」と微生物除去機のモーもナイスキャラでした♪

ウォーリー1


まーしかし、ピクサーの映画は凄いです。
忘れかけてる純真な世界にさり気なく触れさせてくれながらも遊び心も満載で・・・。
ウォーリーのみてくれは私にはETを思い出させるのだけれど、DVDデータによれば1986年の「ショートサーキット」だそうで、映画は見たことがなかったのだけれど、いやいやそっくりでした。
台詞のない序盤は無声映画、シガニー・ウィーバー担当のアクシオム艦のコンピューターの声はエイリアン、アクシオム艦のワープシーンはスターウォーズ、ゴキブリの「ハル」という名前と「ツァラトゥストラはかく語りき 」は2001年宇宙の旅へのオマージュだそうです。

まぁ、ともかく!
ともかく、見てみてください!!
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インクレディブル・ハルク
2009/03/11(Wed)
「インクレディブル・ハルク」
原題 : THE INCREDIBLE HULK (2008年、米、112分)
監督 : ルイ・レテリエ
出演 : エドワード・ノートン、リヴ・タイラー、ティム・ロス、ティム・ブレイク・ネルソン
鑑賞日 : 3月7日(DVD) 

ハルク1

研究実験の事故で心拍数が上がると緑色のモンスター“ハルク”に変身してしまう、科学者のブルース(エドワード・ノートン)。彼はその体質の軍事利用を狙うロス将軍(ウィリアム・ハート)から逃れながら、ミスター・ブルーなる謎の科学者と連絡を取り、元の身体に戻る方法を模索していた。 潜伏していたブラジルからアメリカに戻ったブルースは、最愛の女性ベティ(リヴ・タイラー)と再会。 しかしロス将軍とその部下のブロンスキー(ティム・ロス)が再び彼の捕獲作戦を実行し……。 (goo映画より)

ハルク1


アメリカってマーヴェル・コミックしかないのか?と思ってしまうほどこれが原作ってのが多い。 このキャラクターの存在は知っていたけれど、2003年のアン・リー監督、エリック・バナ、ジェ二ファー・コネリー主演の映画を見たのが、多分初めてだったような・・・。 しかもお目当ては悪役だったジョシュ・ルーカスだったし。

そんなわけでエリック・バナが演じたハルクの記憶がほとんどないのだけれど、エドワード・ノートンにいたっては、超人ハルクとはおよそ結びつかないような華奢で繊細というイメージの演技派な彼が脚本や編集に携わってまでこの映画に出た事自体が不思議に思える・・・。
だから、見てみようという興味はわくんだけど。

ロス将軍の追跡を逃れ、逃亡の地のブラジルでストイックなまでに自己鍛錬に没頭する姿や、ベティと5年ぶりに再会して消える事のなかったお互いへの想いを確かめ合った後も背負わされた過酷な運命から逃れられない事へ苦しむ主人公に引き込まれてしまうのはやはりエドワード・ノートンの力という気がする。
前作のハルクはそこまでの心の機微は描かれていなかったし、ラブストーリー的要素も本作の方がしっかりしている。

リヴ・タイラーはベン・アフレックと共演した「世界で一番パパが好き」以来かな? 大らかで温かくてしっかりしてそうに見える彼女が今回もベティ役を好演。

そもそもアメコミの「ハルク」が主人公ハルクのどんな面を前面に出している物語なのか知らないのだけれど、この映画では巨大化した怪物のダークサイドはハルクのパワーに魅せられ自らもそのパワーを手に入れたブロンスキーが一手に引き受け、ハルクはその邪悪な怪物を倒す側に回る。 で、その2体間の善悪の闘いはいまいちパッとせず。
ベティの父でもあるロス将軍の、異常とも思える軍事への恐ろしいほどの執着心などは、現実に通じるものでもあるのでぞっとする。

映像で一番印象に残っているのは冒頭のブラジルのスラム街の空撮。 斜面にふぞろいのマッチ箱を適当に積み上げ、繋ぎ合わせたような家々の並びの猥雑さ。 それが遠くからのショットだと美しくも可愛らしくも見えて不思議な絵だった。

エドワード・ノートンといえば「幻影師 アイゼンハイム」も、騙されはしなかったけれどいい映画だった。 そして全くの余談ながら、名前や顔立ちからエドワード・ノートンに結びついているのが、エドワード・バーンズとジョン・キューザック。 バーンズは大好きだけどキューザックはうーん・・・かな(笑)。

そうそう、映画のラストに「アイアン・マン」のトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)が出てきてビックリしたのだけれど、これはマーベル・ヒーローが集結する2011年公開予定の「ジ・アベンジャーズ」への布石だそうです。
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いつか眠りにつく前に
2008/08/09(Sat)
「いつか眠りにつく前に」
原題 : EVENING (2007年 米 117分)
監督 : ラホス・コルタイ
出演 : クレア・ディンズ、ヴァネッサ・レッドグレイブ、メリル・ストリープ、トニ・コレット
鑑賞日: 8月4日 (DVD)

いつか

重い病に倒れた老女アン(ヴァネッサ・レッドグレイブ)は、2人の娘と夜勤の看護婦に見守られ、自宅のベッドで静かに人生の最期を迎えようとしていた。混濁する意識の中で、アンは娘たちが聞いたこともない「ハリス」という名を口走る。彼女の意識は、40数年前の夏の日へと戻っていた…。親友ライラ(メイミー・ガマー)の結婚式でブライズメイドをするため、ライラの別荘を訪れていたアン(クレア・ディンズ)は、ライラの弟で大学の同級生だったバディ(ヒュー・ダンシー)と再会。 さらに一家のメイドの息子で、今は医者をしているハリス(パトリック・ウィルソン)と出会う。(goo映画より)


久しぶりにしみじみとさせられるいい映画を見たなと思った。
誰でもが人生の岐路において一度は思い悩んだ事があり、自分が傷ついたり、人を傷つけてしまったり・・・、そんな事をほろ苦く思い出させるような映画だった。 イシュトヴァン・サボーやジュゼッペ・トルナーレ監督の多くの作品に撮影監督として手腕を振るってきただけあって、この映画の全編を通じての映像の美しさは特筆もの。
いつか1


死の床でアンが「ハリスとわたしがバディを殺した」と呟いたことから始まる40年前と今を繋ぐ群像劇。 
ライラの結婚式のために訪れたニューポートで出会った時からお互いを意識しないではいられなかったアンとハリス。 そのハリスの事を長い間一途に思い続けて来たアンの親友ライラ、ライラの弟で大学時代からアンに好意を寄せていたバディ。アンに思いを拒絶され悪酔いしたバディが車に撥ねられ死亡したことから二人は別々の道を歩くことに。 アンはその後結婚と離婚を繰り返し父親の違うコンスタンス(ナターシャ・リチャードソン)とニナ(トニ・コレット)の二人の娘を授かる。 
そんな母の過去の事は知らない二人の娘が、母のうわごとをきっかけに母との関係、姉妹の関係、人生のパートナーとの関係を修復しながら前向きに新たな一歩を踏み出していく様子が、とても丁寧に細やかに描かれていたと思う。

それにしてもよくここまで豪華な出演者が揃ったものだと感心してしまう。
最後に出てくるまでキャストされている事を忘れていたメリル・ストリープ、台詞を一言喋った瞬間からもう彼女の世界に引き込まれる。 昔から好きな女優で多くの映画を見てきたけれど流石としかいいようがない。 必死に自分と戦っていた娘時代のライラと人生というものを悟りきってどっしりと落ち着いているライラはあまりにもかけ離れている印象も受けたけれど、それこそが人が年を重ねて成長していく事の素晴らしさなのかもしれない。 メリルとヴァネッサがベッドで寄り添いながら何気ない会話を交わすシーンは圧巻。

いつか2

 
ライラの娘時代を演じていたエイミー・ガマーが実の娘だとは知らずに見ていた。 言われてみれば顔の真ん中あたりが似てるかな(笑) コンスタンス役のナターシャ・リチャードソンもヴァネッサ・レッドグレイブの実の娘だそうで、名女優の母相手にスクリーン上で堂々と渡り合っていた。
ライラとバディの母役だったグレン・クローズも娘と息子を心配しながらも格式を重んじて生きる両家の母を好演。 バディの死を知っての慟哭には胸がつまった。 
トニ・コレットはもともと好きな女優だけれど、今回も臆病でなかなか自分をさらけ出せないニナ役の演技が素晴らしかった。
実は、この映画を見ようと思ったのはストーリーと女優陣の豪華さに惹かれたからには違いないのだけれど、それ以上に決め手となったのが(笑)、バディ役のヒュー・ダンシーだった。 「ルワンダの涙」で見てからは大いに気になる俳優の一人となっている。 まるで自分の生きていく道が見えていない不安に怯え焦る青年をこちらも好演していたと思うけれど、彼の魅力が生きていたかというとどんなものか?
配役で唯一他の女優だったらどうだったろうと思ってしまうのがクレア・ディンズ。 彼女がとても才ある女優だというのはわかっているのだけれど、顔のパーツがすべて大きすぎて好みじゃないんだよね・・・。 だから肝心の若いアンに思い入れが少ない。 ハリスと一度だけ再会したときの彼女は本当に生活に疲れきってやつれて見えて、まぁそういう設定で間違いはないのだろうけど、それでも何か輝いているっていうのが欲しかったなぁぁ。 好みの問題です、ね。 
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